もし、名古屋で芸者さんを呼んで楽しむ時には、是非、徳川慶勝を想い起こして聞いて頂ければと・・・。

私の好きな料理料亭 「稲本
大正時代に秘め事で交わったお部屋でのお食事も粋でいい。
当時の豪華な内装と調度品などのお部屋を見学したい場合は女将さんとご相談を!!



◇芸者さんが唄って踊る舞踊には重要な歴史が隠されている。

 江戸幕府が大政奉還(1867年)となり、その後「戊辰戦争」(1868年)となり、明治維新への道筋を付けたのが
 最後の尾張藩主「徳川慶勝」の貢献である研究が進んでいる。

 「名古屋甚句」の歌詞によれば、江戸時代が終わり、名古屋城の天守閣に聳える「金鯱」は、一旦降ろされ、東京
 に船で輸送され、博覧会の見世物になったと唄っている。

 また、大納言とは、ここでは「徳川慶勝」を指している。
 
 NHKの番組で「徳川慶勝」を取り上げた特集で、この辺りが詳しく紹介している。

名古屋甚句

◇前唄
  アーエ恋のヤー こいのこいの鯉の滝昇りゃ 何と言うて登るエー  山をヤー 川にしょうと コリャ 言うて登るエー

  アーエさらばヤー これから甚句を変えてエー 今のヤー 流行のストトコ節でも エー 聞いておくれエー


◇本唄
  1)アーエ宮の熱田の 二十五丁橋でエー
     アー西行法師が腰をかけ 東西南北見渡して これほど涼しいこの宮を誰が熱田とヨーホホ アー名を付けた
     エー トコドッコイドッコイショ

  2)アーエ花の名古屋の 碁盤割りはエー
     アー都に負けない京町や 竜宮浄土の魚の棚 七珍万宝詰め込みし 大黒殿の袋町 広小路から見渡せば 
    なかなか届かぬ鉄砲町 次第次第に末広の 家並みは続く門前町
    さても名古屋のヨーホホ アー繁盛ぶりエー トコドッコイドッコイショ

  3)アーエ
尾張大納言さんの 金の鯱鉾の 言うこと聞けばエーアー文明開化の世となりて 高い城から下ろされて 
    咎(とが)ないわたしに縄をかけ 離れ離れの箱の内
 蒸気船にと乗せられて 東京までも送られて 博覧会にさらされて 
    こんなに悔しいことはない
    いっそ死んだがましかいな 一人で死ぬのはよけれども お前と一緒に死んだなら人が真鍮(心中)じゃとヨーホホ 
    アー言うであろうエー トコドッコイドッコイショ


名古屋の花柳界に1日、18歳の舞妓(まいこ)ゆき乃さんがデビューしたゆき乃さんは新潟県出身。高卒後、単身名古屋に引っ越し、芸妓(げいこ)でつくる組合「名妓(めいぎ)連」の先輩から半年間、踊りの修業を受け、最終試験は、逆立ちして海老反りが出来るか否か?

舞妓3人¥と経験と積んだ18人の芸者さんは「名妓連組合」に所属し、舞妓・芸者一人につき2万〜2万5000円の花代らしい。

今回、熱田神宮「本殿遷座祭」の宴舞で参加で熱田神宮内の華となった!!